特 集 12288 DGR (double glycine repeat) CTR (C-terminal region)...

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糖尿病性腎症と糖尿病性腎臓病:最近の進歩 86 月刊糖尿病 #113 Vol.10 No.8 12 Keap1-Nrf2 の分子構造と 酸化ストレス応答機構 酸化ストレス,慢性炎症はDKDを含むCKDの発症・ 進展に深くかかわっている.加齢,高血糖,高血圧など さまざまな要因で活性酸素(ROS)の産生・消去のバラン スが破綻すると酸化ストレスに陥る.細胞内が酸化ストレ スにさらされると抗酸化酵素[グルタチオン合成酵素,ヘム オキシゲナーゼ 1(HO-1)など],第Ⅱ相解毒酵素[グルタチ オン S- 転移酵素(GST),NADPH キノン還元酵素(NQO1) など]群が活性化して酸化ストレスを消去する.この中心 的役割を果たすのがKeap1(Kelch-like ECH-associated protein 1)- Nrf2 システムである( 図1 ).Nrf2 は,酸化 ストレスに対する 250 以上の生体防御因子(抗酸化,解毒) の調節を司る転写因子である.ニワトリのNrf2である ECH(erythroid-derived CNC homology factor)とヒ ト Nrf2 には, 保 存 性 が 高 い 6 領 域[Neh(Nrf2-ECH- 糖尿病性腎症と糖尿病性腎臓病:最近の進歩 化ストレスを ターゲットとした治療: バルドキソロンメチルへ の期待 これまで糖尿病性腎臓病(DKD)の進展予防に対してエビデンスのある治療薬としては,レニン・アンジオテ ンシン系阻害薬しかなく十分なものではなかった.近年,糖尿病治療薬の SGLT2 阻害薬や GLP-1 受容体作動 薬も腎保護作用を有するという臨床研究が相次いで報告され注目を浴びている.しかし,これらの治療薬は, いずれも腎臓に直接作用するものではなく,高血圧や糖尿病に対する治療に付随した間接的な腎保護作用が主 体であり,DKD を含む慢性腎臓病CKDの病態生理に着目して開発された薬剤ではない.一方で,多くの 腎臓病の発症・進展に深く関与する酸化ストレス・炎症を改善する治療薬として Nrf2 NF-E2-related factor 2活性化薬であるバルドキソロンメチル(CDDO-methyl esterRTA402)が脚光をあびている.本章では,DKD 治療薬としてバルドキソロンメチルの可能性について,その作用機序,腎保護効果についてふれたあとに,治療 薬開発に向けて行われてきた臨床試験結果について概説する. 合田朋仁 1) ,鈴木祐介 2) 1)順天堂大学医学部 腎臓内科 准教授 2)順天堂大学医学部 腎臓内科 教授

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Page 1: 特 集 12288 DGR (double glycine repeat) CTR (C-terminal region) CUL3ユビキチンE3リガーゼ結合部位 Keap1-DC ドメイン NTR BTB IVR CTR 図2 Nrf2とKeap1の分子構造

糖尿病性腎症と糖尿病性腎臓病:最近の進歩特 集

86 ● 月刊糖尿病 #113 Vol.10 No.8

12

Keap1-Nrf2の分子構造と酸化ストレス応答機構

 酸化ストレス,慢性炎症はDKDを含むCKDの発症・進展に深くかかわっている.加齢,高血糖,高血圧などさまざまな要因で活性酸素(ROS)の産生・消去のバランスが破綻すると酸化ストレスに陥る.細胞内が酸化ストレスにさらされると抗酸化酵素[グルタチオン合成酵素,ヘム

オキシゲナーゼ1(HO-1)など],第Ⅱ相解毒酵素[グルタチオンS-転移酵素(GST),NADPHキノン還元酵素(NQO1)など]群が活性化して酸化ストレスを消去する.この中心的役割を果たすのがKeap1(Kelch-likeECH-associatedprotein1)-Nrf2システムである( 図1 ).Nrf2は,酸化ストレスに対する250以上の生体防御因子(抗酸化,解毒)の調節を司る転写因子である.ニワトリのNrf2であるECH(erythroid-derivedCNChomologyfactor)とヒト Nrf2 には,保存性が高い 6 領域[Neh(Nrf2-ECH-

糖尿病性腎症と糖尿病性腎臓病:最近の進歩特 集

酸化ストレスをターゲットとした治療:バルドキソロンメチルへの期待

 これまで糖尿病性腎臓病(DKD)の進展予防に対してエビデンスのある治療薬としては,レニン・アンジオテンシン系阻害薬しかなく十分なものではなかった.近年,糖尿病治療薬のSGLT2阻害薬やGLP-1受容体作動薬も腎保護作用を有するという臨床研究が相次いで報告され注目を浴びている.しかし,これらの治療薬は,

いずれも腎臓に直接作用するものではなく,高血圧や糖尿病に対する治療に付随した間接的な腎保護作用が主

体であり,DKDを含む慢性腎臓病 (CKD) の病態生理に着目して開発された薬剤ではない.一方で,多くの腎臓病の発症・進展に深く関与する酸化ストレス・炎症を改善する治療薬としてNrf2(NF-E2-related factor 2)活性化薬であるバルドキソロンメチル(CDDO-methyl ester,RTA402)が脚光をあびている.本章では,DKD治療薬としてバルドキソロンメチルの可能性について,その作用機序,腎保護効果についてふれたあとに,治療

薬開発に向けて行われてきた臨床試験結果について概説する.

合田朋仁 1),鈴木祐介 2)

1)順天堂大学医学部 腎臓内科 准教授2)順天堂大学医学部 腎臓内科 教授

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12 酸化ストレスをターゲットとした治療:バルドキソロンメチルへの期待

月刊糖尿病 #113 Vol.10 No.8 ● 87

A 定常時 B 酸化ストレス時

Nrf2

Nrf2

Cys

Keap1 Keap1

Cys Cys

Keap1Keap1

CysCUL3 CUL3

Nrf2

プロテアソームにより分解される

ETGEDLG

化学修飾

細胞質

UbUb

Ub

Nrf2

CUL3

ARE kBモチーフ

プロテアソームにより分解される

UbUb

ETGEDLG Nrf2

p50 p65

p50 p65

IkBαIkBα

p50 p62

IkB

IKKβ

核sMaf

Nrf2の標的遺伝子を転写活性化

NF-κBの標的遺伝子を転写活性化

図1 定常時と酸化ストレス時におけるKeap1-Nrf2-NFκB経路とバルドキソロンメチルの作用機序定常時には,Keap1はCullin3(CUL3)型ユビキチンE3リガーゼのアダプター蛋白として機能し,Nrf2はKeap1と結合してユビキチン化され分解されるため抑制状態にある.一方,酸化ストレス下では,Keap1は化学修飾され構造変化が生じることにより,CUL3ユビキチンE3リガーゼ活性が低下して,Nrf2はKeap1による制御から免れ,分解されずに核内に移行する.その後,抗酸化剤応答配列(ARE)に結合して標的遺伝子の発現が亢進する.IκBαはp50/p65ダイマーと結合して核局在シグナルをマスクすることで,p50/p65の核内移行を阻害している.しかし,酸化ストレス下では,活性化したIKK(IκB kinase)複合体がIκBαをリン酸化,ユビキチン化して分解する.IκBαが分解されることにより,NF-κBダイマーは核内に移行する.その後,κBモチーフに結合して標的遺伝子の発現が亢進する.バルドキソロンメチルは,Keap1の構造変化を惹起することにより,Nrf2の分解を抑制して抗酸化,解毒に関する遺伝子発現を亢進させる.また,IKKと結合してIκB-NF-κB複合体を安定化させることにより,NF-κBの活性を抑制して抗炎症作用を発揮する.

A Nrf2

B Keap1

Keap1結合部位 転写活性領域

DLGモチーフ

ETGEモチーフ

DNA結合領域sMaf 群蛋白とヘテロ二量体形成

b-zip モチーフ(basic region-leucine zipper)

Neh2 Neh1Neh4 Neh5 Neh6 Neh3

ホモ二量体形成 Nrf2結合部位

Cys151

Cys273

Cys288

DGR(double glycine repeat)

CTR(C-terminal region)

Keap1-DC ドメインCUL3ユビキチンE3リガーゼ結合部位

NTR BTB IVR CTR

図2 Nrf2とKeap1の分子構造ニワトリのNrf2であるECH(erythroid-derived CNC homology factor)とヒトNrf2には保存性が高い6領域[Neh(Nrf2-ECH-homology)1-6ドメイン]が存在する.二量体のKeap1の2 ヵ所のKeap1-DCドメインがNrf2のNeh2ドメインに存在する低親和性のDLGモチーフと高親和性のETGEモチーフの2 ヵ所と結合してNrf2転写を抑制(負に制御)する.

る( 図2 ).Keap1はシステイン残基(27個)に富み,特定のシステイン残基の化学修飾が抗酸化酵素,第Ⅱ相解毒酵素群の誘導に重要なNrf2の活性化にかかわっている1).通常,酸化ストレスのない状況では,Nrf2はKeap1と結合

homology)1-6ドメイン]が存在する.二量体のKeap1の2カ所のKeap1-DCドメインは,Nrf2のNeh2ドメインに存在する低親和性のDLGモチーフと高親和性のETGEモチーフの2カ所と結合してNrf2転写を抑制(負に制御)す

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