大脳の構造後頭葉 occipital lobe...

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2 3 総 論 第 1 章 神経心理学 A A 神経心理学は,脳の局在機能との関連で精神活動を研究する学問で,その理解には解剖が 前提となります。 A 大脳の構造 1 基本構造 冠状断で見ると 大脳は大脳鎌 cerebral falx によって左右2つの半球に分けられますが,根部は脳梁 corpus callosum で繋がっています。大脳には多数の脳溝 sulcus(“しわ”や溝)があり,その表面積を 著しく増加させるとともに,脳溝間に脳回 gyrusと呼ばれる隆起を形成します(図1)。 4 つの葉 大きな脳溝(葉間溝)は大脳を4つに区分することになり,それぞれ前頭葉側頭葉後頭 頭頂葉と名付けられます(図2)。まず,外側溝S シルビウス ylvius 裂)の下部が側頭葉,上部が前頭 葉です。次に,中心溝R ローランド olando 溝)の前部が前頭葉で,後部が頭頂葉です。なお,頭頂葉と側 頭葉後部,側頭葉後部と後頭葉,頭頂葉と後頭葉の境界はあいまいです。 脳 回 gyrus それぞれの葉は細分化され,多数の脳回が形成されますが,重要なものを示すと図 3(p.3)の ようになります。 神経心理学は,脳の局在機能との関連で精神活動を研究する学問で,その理解には解剖が 前提となります。 A 大脳の構造 図1 大脳半球の冠状断 外側溝 (Sylvius 裂) 大脳鎌 脳梁 脳溝 脳回 図2 大脳半球の全体像 外側溝 (Sylvius 裂) 前頭葉 前頭葉 側頭葉 側頭葉 中心溝 (Rolando 溝) 頭頂葉 頭頂葉 後頭葉 後頭葉 第1章 神経心理学 neuropsychology 2 前頭葉 frontal lobe 構 造 前頭葉は中心溝(Rolando溝)の前部で,第一次運動野高次運動野(運動前野と補足前頭 野),前頭前野に分けられます(図 4)。 大脳皮質は主に神経細胞体から構成されますが,神経線維が大脳外と直接連絡する領域を投射 projection area,大脳同士で連絡する領域を連合野 association area と呼びます。 機 能 図3 重要な脳回 下前頭回 中前頭回 上前頭回 中心前回 Rolando 溝 中心後回 角回 下側頭回 Rolando 溝 帯状回 鳥距溝 脳梁 舌状回 海馬傍回 中側頭回 上外側面 内側面 脳梁溝 上側頭回 Sylvius 裂 縁上回 帯状溝 図4 前頭葉の構造 第一次運動野 前頭前野 Broca 野 補足運動野 運動前野 高次運動野 44 4 6 44 4 6 ドイツの解剖学者であ る Brodmann 博士は, 大脳皮質組織の構造が 均一である部分を 1 つ のまとまりとして,1 ~52までの領野に区 分しました。図中の番 号 は,こ の Brodmann 領野の番号です。 前頭前野で遂行機能 高次運動野で複雑な運動を組み立て 第一次運動野で実際に手足を動かす S T E P P

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Page 1: 大脳の構造後頭葉 occipital lobe 後頭葉は側頭葉の後方,頭頂葉の後下方に位置し(図6),ほとんどが視覚機能に関与します。視神経からの情報は鳥

2 3総 論 第1章 神経心理学

A A大脳の構造

大脳の構造

神経心理学は,脳の局在機能との関連で精神活動を研究する学問で,その理解には解剖が前提となります。

A 大脳の構造 1 基本構造

冠状断で見ると大脳は大脳鎌cerebral falx によって左右2つの半球に分けられますが,根部は脳梁corpus

callosum で繋がっています。大脳には多数の脳溝sulcus(“しわ”や溝)があり,その表面積を著しく増加させるとともに,脳溝間に脳回gyrus と呼ばれる隆起を形成します(図1)。4つの葉大きな脳溝(葉間溝)は大脳を4つに区分することになり,それぞれ前頭葉,側頭葉,後頭葉,頭頂葉と名付けられます(図2)。まず,外側溝(S

シルビウス

ylvius裂)の下部が側頭葉,上部が前頭葉です。次に,中心溝(R

ローランド

olando溝)の前部が前頭葉で,後部が頭頂葉です。なお,頭頂葉と側頭葉後部,側頭葉後部と後頭葉,頭頂葉と後頭葉の境界はあいまいです。

脳 回 gyrusそれぞれの葉は細分化され,多数の脳回が形成されますが,重要なものを示すと図3(p.3)のようになります。

神経心理学は,脳の局在機能との関連で精神活動を研究する学問で,その理解には解剖が前提となります。

A 大脳の構造

図1 大脳半球の冠状断

外側溝(Sylvius裂)

大脳鎌脳梁

脳溝脳回

図2 大脳半球の全体像

外側溝(Sylvius裂)

前頭葉前頭葉

側頭葉側頭葉

中心溝(Rolando溝)

頭頂葉頭頂葉

後頭葉後頭葉

第1章

神経心理学neuropsychology

2 前頭葉 frontal lobe

構 造前頭葉は中心溝(Rolando溝)の前部で,第一次運動野,高次運動野(運動前野と補足前頭野),前頭前野に分けられます(図4)。大脳皮質は主に神経細胞体から構成されますが,神経線維が大脳外と直接連絡する領域を投射野projection area,大脳同士で連絡する領域を連合野association area と呼びます。

機 能

前頭前野で遂行機能・高次運動野で複雑な運動を組み立て・第一次運動野で実際に手足を動かす

図3 重要な脳回

下前頭回

中前頭回

上前頭回

中心前回Rolando溝

中心後回

角回

下側頭回

Rolando溝 帯状回

鳥距溝

脳梁

舌状回

海馬傍回鉤中側頭回

上外側面 内側面

脳梁溝

上側頭回Sylvius裂

縁上回

帯状溝

図4 前頭葉の構造

第一次運動野

前頭前野

Broca野

補足運動野運動前野高次運動野

44

46

44

46

ドイツの解剖学者であるBrodmann博士は,大脳皮質組織の構造が均一である部分を1つのまとまりとして,1~52までの領野に区分しました。図中の番号は,このBrodmann領野の番号です。

前頭前野で遂行機能・高次運動野で複雑な運動を組み立て・第一次運動野で実際に手足を動かす

S T E PP

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6 7総 論 第1章 神経心理学

B失語症

A大脳の構造

体が何であるか(What経路)を認知します。辺縁系による情動形成と記憶情動emotion を引き起こすのは扁桃体で,外界の刺激が生体にとってもつ意味を探り,それにふさわしい行動を選択します。例えば,刃物を手にした男が近づいてくれば“恐ろしい”と感じ,“逃げる”という行動に駆り立てます。また,にこやかに談話をしていた相手の口調が急に厳しくなったときには,“何かまずいことを言ったかな”と感じ,“なだめる”という行動を促します。緊急事態を除いては,これらの行動プログラムは前頭前野のコントロールを受けるので,個人差はあるものの,衝動的な行動に至ることはそれほど多くありません。他方,記憶は海馬の機能で,ここでは大脳のさまざまの部位から送られてきた情報を処理(符号化)し,2~4週間これを保持します。海馬の容量は比較的小さいので,この期間を過ぎて長期間保持したい記憶情報は,容量が大きい大脳皮質にある専用の記憶貯蔵庫に送られ,ここで処理されて固定化します。これで海馬は再び作業スペースを作り出せます。記憶した情報を思い出すには大脳皮質から海馬に転送し,必要に応じて再び大脳皮質に貯蔵します。そして,これを反復するうちに,記憶は強固になっていきます。また,海馬と扁桃体の間には連絡線維があるので,比較的新しい記憶情報が情動形成に使われるし,情動を伴った出来事は記憶に残りやすいという経験則が成り立ちます。

4 後頭葉と頭頂葉

・後頭葉は視覚野・頭頂葉は体性感覚野+異種情報を統合する頭頂連合野

後頭葉 occipital lobe

後頭葉は側頭葉の後方,頭頂葉の後下方に位置し(図6),ほとんどが視覚機能に関与します。視神経からの情報は鳥

ちょうきょこう

距溝calcarine sulcus(鳥距は鳥の蹴けづめ

爪という意味)周辺にある第一次視覚野(V1)に送られ,見た物の形態や場所などが認識されます。次いで,その周囲の第二次ないし第四次視覚野(V2~V4)(V2以降は高次視覚野と呼ばれます)で加工処理され,前述のように一部は側頭連合野に送られて物体認知されます(What経路)。他方,残りの一部はV2~V6を経て頭頂連合野に送られ,空間の構造,位置関係,物体の運動などが認知(空間認知)されます(How経路およびWhere経路)。

・後頭葉は視覚野・頭頂葉は体性感覚野+異種情報を統合する頭頂連合野

S T E PP

図6 視覚野の2経路

頭頂後頭溝

後頭葉

鳥距溝

後頭前切痕

第一次視覚野

空間認知

物体認知

頭頂葉 parietal lobe

頭頂葉は中心溝より後方で,後頭葉の上方に位置し,第一次体性感覚野と頭頂連合野に分けられます(図7)。体性感覚は特殊感覚(五感)や内臓感覚を除いた身体組織(皮膚,粘膜,筋,骨膜など)の感覚で,その情報は中心後回(中心溝に接した後方部分)にある第一次体性感覚野に至って認知されます。他方,頭頂連合野は上頭頂小葉superior parietal lobule と下頭頂小葉 inferior parietal lobule からなり,下 頭 頂 小 葉 は さ ら に 縁

えんじょうかい

上 回supramarginal gyrusと角

かくかい

回angular gyrus に分かれます。ここでは体性感覚,視覚,言語,平衡感覚などの異種の情報を統合し,認知します(視覚のWhat経路もその1つです)。また,角回は視覚言語中枢としても機能し,その働きで文字の意味を理解します。

B 失語症aphasia

失語症は,いったん習得した言語の受容・表出障害です。“失う”ためには,以前に“保持”していなければならず,「われわれもドイツに行けば失語症だ」という開き直りは失語症に該当しません。失語症は構音障害dysarthria と異なります。構音障害は大脳で適切に言語が構成されている(内言語は正常である)にもかかわらず,構音器官(舌,口唇,口蓋など)の麻痺や形態異常によって語音speech voiceが歪む現象です。

1 失語症の原因

言語領域は左か? 右か?大脳の言語領域は複数存在し,共同作業を営んでいます。失語症はその共同作業に問題が生じ,言語の受容・表出が障害された症候群です。原因の大半は脳血管障害ですが,頭部外傷,脳炎,脳腫瘍,A

アルツハイマー

lzheimer病,前頭側頭型認知症などの変性疾患によることもあります。

図7 頭頂葉の構造

上頭頂小葉中心後回

頭頂後頭溝

縁上回角回

Rolando溝

下頭頂小葉

頭頂間溝

B 失語症aphasia

失語症は,いったん習得した言語の受容・表出障害です。“失う”ためには,以前に“保持”していなければならず,「われわれもドイツに行けば失語症だ」という開き直りは失語症に該当しません。失語症は構音障害dysarthria と異なります。構音障害は大脳で適切に言語が構成されている(内言語は正常である)にもかかわらず,構音器官(舌,口唇,口蓋など)の麻痺や形態異常によって語音speech voiceが歪む現象です。

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118 119各 論 第2章 器質性精神障害

A A認知症

認知症

(APP)が切り出されて生じます。APP は通常はαセクレターゼという酵素によって切り出され,可溶性の蛋白質となって髄液中に排出されます(Aβは産生されません)。しかし,その一部はβセクレターゼという別な酵素によって切り出され,それにγセクレターゼが作用して,Aβが産生されます(図1)。

神経原線維変化(神経原線維タングル) neurofibrillary tangle(NFT)神経原線維neurofibril は細胞質にみられる細線維構造物ですが,NFTはそれが糸くずのような凝集塊を形成した所見で,タングルと形容されます(tangle は“髪の毛などが絡まること”を意味する英語です)。神経細胞内にはタウ蛋白 tau protein が存在し,微小管と結合して,細胞骨格の安定化を担っています。ところが,これが過剰にリン酸化されると,微小管を離れてタウ蛋白質どうしで結合し,NFT を生じます。その一方で,タウ蛋白を喪失した微小管は十分に機能を果たせず,細胞骨格が脆

もろ

くなって,神経細胞死を招きます。ただし,NFTはADだけでなく,進行性核上性麻痺,皮質基底核変性症,前頭側頭型認知症などの認知症性疾患でも出現し,ADに特異的な所見ではありません。むしろ,タウ蛋白変性を特徴とする疾患をタウオパチー tauopathy としてまとめ,ADはその1つという位置づけになっています。なお,タウ蛋白遺伝子は第17番染色体長腕(17q21)にあり,そのDNAの翻訳過程が2通りあるため,3リピートタウ(3Rタウ)と4リピートタウ(4Rタウ)というイソフォーム(アミノ酸配列は異なるものの,機能的に同一の蛋白質)が存在します。疾患によって蓄積するタウ蛋白は異なりますが,ADでは3Rと4Rタウが混在します。

アミロイド・カスケード仮説論 拠ADの発症機序は未解明ですが,出発点はアミロイドβ蛋白質(Aβ)蓄積で,それが凝集する過程で細胞毒性を獲得し,変性させて認知症をもたらすという仮説が有力に唱えられています。家族性Alzheimer病(FAD)の遺伝子変異その論拠の1つは FADの遺伝子変異がいずれも Aβに関わる点です。最初に報告されたFAD

図1 Aβの産生機序図のように産生されたAβには40個のアミノ酸からなるAβ40と,それより2個アミノ酸が多いAβ42の2種類がありますが,後者の方が凝集しやすく,その分だけ毒性が高くなります。

βセクレターゼ

APP

細胞膜

可溶性蛋白γセクレターゼ

細胞質管腔

もに上昇し,65歳以上では3~10%,85歳以上になると25%に達すると推計されます。表1(p.117)に示した認知症性疾患のなかで最も多いのは Alzheimer病です。

2 Alzheimer病 Alzheimer disease(AD)

概 念ADはドイツのA

アルツハイマー

lzheimer博士が1906年に報告した疾患ですが,博士はADを初老期(40~65歳)に進行性の認知症を来す疾患(初老期認知症)として記載したため,長らくそれより高齢で発症する老年認知症senile dementia と区別されてきました。しかし,これらが病理学的に同様の所見を呈することが明らかになり,現在では両者を一括してADと呼ぶようになっています。ただし,初老期に発症するAD(早発型AD)は,それより高齢で発症するタイプ(晩発型AD)に比べて,経過が急速であること,比較的初期から失語や失行を呈しやすいこと,家族性の頻度が高いことなどの臨床上の相違点もあり,全く同一の疾患として扱うことには異論もあります。ADは女性に多くみられますが,これは平均寿命が長いため,罹患する機会が増えるからです。ADの99%以上は孤発例ですが,ごくわずかに常染色体顕性遺伝する家族性AD familial AD

(FAD)があります。FADの原因遺伝子は複数ありますが,いずれもアミロイドβ蛋白質(Aβ)に関連しており,ここがADの病態解明の突破口になりました。

病理所見

Alzheimer病・大脳が全般的萎縮・Aβでできた老人斑とタウ蛋白過剰リン酸化による神経原線維変化

肉眼的には最終的に大脳の全般的萎縮を認め,それに対応してSylvius裂と脳室が拡大します。全般的萎縮は神経細胞の広範な減少を意味しますが,すべての神経細胞が同時に万遍なく障害されるわけではありません。最初は海馬を中心とする側頭葉内側面から萎縮し,次第に頭頂後頭葉に及びます。やがて萎縮は大脳皮質全域に広がり,末期には大脳白質,基底核,脳幹,小脳まで侵されます。萎縮部位を顕微鏡で観察すると,後述する老人斑senile plaque(SP)と神経原線維変化

neurofibrillary tangle(NFT)を認めます。なお,SPと NFTは老化反応として健常高齢者でも見られますが,ADとはその程度も発現範囲も大きく異なります。

老人斑 senile plaque(SP)SPは鍍

とぎん

銀染色で明瞭に染まる異常構造物で,中心にアミロイドβ蛋白質(Aβ)が沈着し,変性した神経突起やグリア細胞がそれを冠状に取り囲んでいます。Aβは神経細胞の細胞膜に片足を突っ込んでいる(細胞膜を1回貫通する)アミロイド前駆蛋白amyloid precursor protein

Alzheimer病・大脳が全般的萎縮・Aβでできた老人斑とタウ蛋白過剰リン酸化による神経原線維変化

S T E PP

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122 123各 論 第2章 器質性精神障害

A A認知症

認知症

くてもよい」などと言い訳します。これらの取り繕い反応によって,初対面の者は患者の認知障害を気づきにくく,介護保険の認定調査などでは低めに判定されてしまいます。抑うつ depressionとアパシー(無感情) apathy記銘障害や見当識障害に先行し,抑うつ症状やアパシーapathy がしばしばみられます。家族は「最近,おばあちゃん元気がないね」などと感じますが,これをADの発症ととらえるのは困難です。理論上うつ病の抑うつ気分とは記銘障害の有無で鑑別できますが,病初期はしばしば鑑別困難です。また,うつ病とADを併発することもまれでないし,うつ病がADの発症を早めるとの報告もあり,臨床では抗うつ薬投与で改善するか否かで判断するしかないケースもあります。精神行動変容軽微な精神行動変容を呈することも多く,これも後に振り返ってみるとAD発症のエピソードだったことがわかります。例えば,心配性が目立ち,家族が無事に帰ってきたか否かを執拗に確認したり,几帳面な性格だったのに,靴をバラバラに脱ぐ,整容が乱れるなどの変化が見られたり,昔話がやたらに多くなって知人に説教したりといった具合です。中 期初期症状の悪化記銘障害と見当識障害はさらに悪化し,独立した生活が危険になります。患者は段取りや計画が立てられず,道具の操作を間違え(例えば鍋を空焚きしたり,風呂やトイレの使い方がわからなくなったり),衣服の着脱も困難になります(着衣失行)。また,意図した単語が出てこなくなるとともに(喚語困難),一度思いついた単語を何度も反復します(保続)。しかし,患者は深刻さに乏しく,しばしば多幸を呈したり,反対にアパシーになったりします。行動・心理症状(BPSD)BPSD も目立ち,不安感が強まって,1人にされると落ち着かずに家人を探し,見つけると付きまといます。その半面,家人に対して些細なことで声を荒げ,暴力を振るうこともあり,入浴や排泄の介助に際してしばしばみられます。また,幻視が生じて「隣の部屋に大勢の人が来ている」などと言い出したり,無目的に徘徊したり,ゴミのような物を収集したりするようになります。末 期全面的に介護が必要となり,しかも意思の疎通が困難になります。見当識障害は自己にまで及び,しばしば鏡に映った自分に話しかけます。このころになると常時失禁し,しばしば便を弄びます(弄便)。また,食物とそれ以外を区別できず,何でも口に入れようとします(異食)。最後は寝たきりになり,栄養不良や日和見感染などで死の転帰をとります。

おじいちゃんどこへ行くの?

(BPSD)と呼ばれ,介護者にとって大きな負担となります。

Alzheimer病の症状・記銘障害で気づかれ,見当識障害,抑うつ,アパシー,取り繕い,精神行動変容・中期には着衣失行,喚語困難,保続,多幸,多彩なBPSD・末期には全面的介護が必要かつ意思疎通困難

初 期記銘障害多くのケースは「物忘れがひどい」という家族の訴えで気づかれます。ADでは即時記憶が障害されにくいため,患者は相手の話を理解し,一応まとまりのある応対ができます。しかし,それを近時記憶として保存できず,記銘障害(前向健忘)を呈します。加齢によって誰でも記銘力は衰えますが(良性健忘),この“物忘れ“は「財布をどこかにしまったけれども,どこだか思い出せない」というように,エピソードの一部が失われます。これに対し,ADではエピソードごと欠落するので,患者は“財布をしまったこと”自体を思い出せません。そのため「財布が盗まれた」などと騒ぎ立て,しばしば物取られ妄想に発展します。別の例を挙げると,昼食を摂ったことを思い出せず,「家人が意地悪して,食事を作ってくれない」などと愚痴をこぼします。また,同じ話を何度も繰り返す,同じ物品ばかり購入する,1日に何度も薬を服用するなども記銘障害のなせる業です。見当識障害見当識も障害されて時間の観念が失われるため,患者は現在の日時を正確に答えられません。空間認知も障害されて自分の所在地が分からなくなり,しばしば迷子になります。取り繕い反応患者は記銘力低下,見当識障害に加え,しばしば総論で取り上げた失行(☞p.14)を呈するので,社会生活が成り立ちにくくなります。しかし,患者は自己の能力低下を取り繕うように行動します。例えば,「先日はたいへんお世話になりました」とお礼を言うと,患者は「いえ,いえ。どういたしまして。こちらこそお世話になっています」と答えます。しかし,患者はお礼を言った相手が誰なのか,いつどんなお世話をしたのかわかっていません。また,「もうお昼ご飯を食べましたか」と尋ねると,患者は「年のせいであまり食べられなくなってね」と答えますが,食事をしたともしなかったとも受け取れる回答なので,食事の記銘力を回避しています。さらに,着衣の際にボタンがはめられなくても,「久しぶりに着る服だから」,「暑いからボタンをはめな

Alzheimer病の症状・記銘障害で気づかれ,見当識障害,抑うつ,アパシー,取り繕い,精神行動変容・中期には着衣失行,喚語困難,保続,多幸,多彩なBPSD・末期には全面的介護が必要かつ意思疎通困難

S T E PP

ここはどこ?